KuriKumaChan’s diary

Kuri ちゃんと Kuma ちゃんの飼い主の独り言

黄斑前膜治療の体験 - 「手術中に剥がした前膜が見える」

ど近眼でコンタクトレンズを半世紀も利用していた私が、老眼の進行とはまた別の視力低下を感じて診察を受けたところ、『黄斑前膜』と呼ばれる網膜の病気だと診断されました。ここでは両眼とも手術した体験の概要と、手術後一年たった経過をまとめておきます。

ちなみに「手術中に剥がした前膜が見える」というのは本当でした。

【注】この病気は「黄斑前膜」、「網膜前膜」、「網膜上膜」、「黄斑上膜」などの呼び方があり、医療の現場でも一本化はされていないようです。私が入院した大学病院でも資料によって呼び名が異なっているという現状でした。ここでは私が馴染んだ?黄斑前膜と呼ぶことにします。

視力低下〜手術〜術後の全体感

最初にざっくり経緯と現状の結果をまとめておきます。

この病気(黄斑の前に膜ができる)では何らかの形で視力に影響が出ることがあっても、失明に直結するわけでもないと言う事で経過観察とすることが多いようです。しかし症状が進行した時には治療方法として手術しか方法が無く、しかも、

眼球の奥にある網膜の前に張り付いた膜をピンセットで剥ぎ取る手術

という、想像しただけで恐ろしくなるような光景が頭に浮かぶものなので、躊躇する方も多いと思います。
今どきネットには沢山の情報がありますが、病気自体の話やその手術に関する医師側の解説ものが中心で、患者の体験はあまり見かけませんでした。いざ手術を受けよう!と決断した後も患者側にとっての手術の様子やその後の経過の見込みなどは少ない情報から推測するしかなく、それがまたストレスになったりします。(手術を受けた 2024年後半の状況です)

そこでせっかくの経験(しかも2回!)をしたので、黄斑前膜になってしまった方々のために、実際に視力の低下に気づいたあたりから、手術を受けて一定の回復までを書き留めておこうと思います。

結論としては、白内障手術も同時に行っており眼内レンズを入れたのでコンタクトレンズのいらない生活を送れるようにはなっていますし(老眼鏡は必須)、手術前に進行を感じられていた右目視野中心部の歪みも軽減されたようです(右目)。併せて検査では発見しにくい部分にあった網膜裂孔の治療も早期にできた(両眼)ので将来の網膜剥離のリスクを低減でき、トータルでは「手術を受けて良かった!」と納得しています。

なお、現時点 (2025年9月) でまとめていますが、右目は昨年 9月の末に、左目は昨年 12月に手術を受け、右目はほぼ 1年、左目は 9ヶ月経過と言う状況でまとめており、医師の話では術後一年でおおよそ安定するとのことですが、今後状況の変化があれば更新する予定です。

初めて病気を知る - ピントが合うところがない❗️

カメラのファインダーを覗いても楽しくない。

私は長年コンタクトレンズを装用しているので、毎年コンタクトレンズ店併設の眼科で診察を受けていました。50歳半ば頃からは白内障に関して医師から「少しづつ進んでいるけれど年相応」と言われ、自覚することも少しづつ増えてきていました。   さらに「大きなクラゲが漂っている」ような飛蚊症が強くなることが度々ありましたが、コンタクト店併設眼科では大した検査もせずに「それは飛蚊症です。加齢で誰にでも起こることなので気にしないで」と言われるまま、確かにいつかクラゲが薄れていく、ということが何年も続いていました。

更に3,4年ほど前から老眼鏡の度数を強くしても今ひとつ「文字がハッキリ見えるところがどこにもない!」と漠然と感じるようになりました。一番感じるのがカメラのファインダーを覗いた時。視度調整がずれているのかと再調整をしますが、今ひとつ像がクッキリせず、だんだんファインダー越しにものを見るのが楽しくなくなってきました。それでもコンタクトレンズ店併設の眼科では「加齢でみんなそうなる」とだけ。

目を擦ったら「プチッ!」→ OCT 検査

2年前のある晩に何かの拍子で左目を少し強く(瞼の上から)擦ったら、「プチッ!」と音がすると同時に(自分ではハッキリ音が聞こえた)、目にサラダ油?をたらされた様に?雨に濡れたガラス窓から外を覗くような感じの視界になってしまいました。
翌日の視界はサラダ油のギトギト感や黒い浮遊物は無くなり、一面白っぽくなって活字などは全く読めない状態。普段コンタクトの点検以外で眼科にお世話になることなどなかったのですが、近所の眼科に飛び込みました。 その眼科には OCT と呼ばれる目の断層写真を撮影できる装置があって検査したところ、視界不良は数日で良くなるはずと診断されると同時に、両目に黄斑前膜ができていると診断を受けました。黄斑前膜は今の視界不良には関係は無く、たまたま昔から少しづつできていたもので、今回初めて検査で存在が分かったものだとか。しばらく様子を見ましょう、ということになりました。
確かに、左目の視界不良はだんだん軽減し、残っていた飛蚊症も 2,3ヶ月で落ち着きました。

なお、目を擦った際の「プチッ!」いう音に関しては近所の医師にも後に手術をしてもらった病院の医師にも話をしたのですが、特に気にするようでもなく、説明もしてもらっていません。後々黄斑前膜に関して色々調べていく中で、加齢による硝子体剥離(誰にでも知らず知らずのうちに起こっているらしい)が起こりその際に音がしたのかね??と思うことにしました。

知らないうちに方眼チャートが歪んでいた! - アムスラーチャート

飛蚊症の影響が無くなった頃、ふと近所の眼科で指摘された黄斑前膜というものが気になってネット情報を頼りに確認してみたものにアムスラーチャートという碁盤の目状のチャートがありました。これを片目づつ見てみたところ、左目はさほどでもないのですが、右目ではチャート全体がグニャグチャになっているではないですか!

日本眼科医会のサイトから転載

40 歳を過ぎたなら知っておきたい黄斑前膜―診断と治療― | 目についての健康情報 | 公益社団法人 日本眼科医会

両目で見ている限りは歪み自体は気にならなかったのですが、片目づつ試してみて「歪んで見えている」状況をはっきりと認識できました。振り返ってみると、カメラのファインダーは右目で覗いていたのですが、確かにこんなに歪んでいるようではファインダー像がはっきりしないのは当然なのでしょう。と思うと同時に、両目で見ていると脳がうまい具合に両目の情報で補正したものを見ているつもりになるんだ、と感心もしたり。

ザックリ黄斑前膜とは

ネットで調べれば山ほど情報はありますし、YouTube でも眼科医が解説した動画もいくつもありますので、興味のある方は一通りチェックしてみるのが良いと思います。 まず一通り知るためには、日本眼科医会のサイトが分かりやすいと思います。

www.gankaikai.or.jp

網膜(黄斑) の前に膜ができて黄斑にしわを発生させる。

「黄斑上膜(黄斑前膜)は光沢のあるセロファン膜のように見え、周囲の網膜にしわが形成されている。」日本眼科医会サイトより。

老化が主な要因 - 硝子体剥離、強度近視も

あの時の「プチッ」(多分硝子体剥離)は時期的に黄斑前膜の発生には直接関係ないと思いますが、私の場合は加齢に加えて強度近視の影響が黄斑前膜の発生に関わっていたようです。
黄斑前膜の発生の可能性は情報によりますが 20人に一人程度ということですし、女性の方が男性より多い、両目より片目の発症が多いようなので、私のように男性で両眼性というのは比較的稀なの方かもしれません。しかし後でも出てきますが、強度近視というのはいろいろな目の病気の病気の原因となり得るものようです。

治療 - 手術について

治療としては手術で直接網膜(黄斑)に貼り付いている「膜」をピンセットで剥がしていく、というもので、下の図を見れば一目瞭然だと思います。

日本眼科医会から転載

膜を剥がす前に、まず目玉の中身(硝子体)を取り除いて代わりに水?を満たす工程があるようです。その後ピンセットを目玉の奥に入れて膜を剥がします。
もともと白内障手術(水晶体を取り除いて代わりに眼内レンズを入れる)はいつかやらなくてはならないと覚悟はしていたのですが、それとは比べ物にならない恐ろしい(イメージがする)手術です。白内障手術も角膜を切開するという恐ろしさですが、硝子体手術をするためには白目に 3箇所小さな穴を開け、それぞれの穴から照明、硝子体の代わりになる液体を環流させるパイプ?、ピンセットの 3個の器具を入れるという大掛かりなものです。。。。

手術による網膜の回復は?

手術自体がどのように行われるのか?というのはとても気になることですが、もっと大切なのはその手術によってどれだけの回復が期待できるのか?ということです。
一番望ましいのはグニャグニャになってしまった方眼チャートが綺麗に見えて、世の中がハッキリくっきり見えるようになることですが、なかなかそう簡単な話ではないようです。
ネット記事では「黄斑前膜の手術で膜を除去」したことによる網膜の回復は「術後にその効果はすぐに得られることは少なく、1ヶ月から1年くらいかけて改善が期待できる」という表現(効果が十分では無いケースもよくあるよ、という discraimer)が多いようですし、近所の眼科でも大学病院でもその旨しっかり説明を受けてます。

手術を受ける、という決断

「手術を受けない」モチベーションとしては、手術自体が恐ろしいことに加えて、膜を剥がせばそれですぐに回復するわけではない、膜の張りが無くなるだけで網膜自体にできたシワは手術では治せず、自らの回復力次第ということです。回復するにしても時間はかかるし、「完治」よりは症状の軽減による回復を目指すもので、人によっては膜が無くなってもさほど回復しない人がいるとも医師の説明で知りました。

「手術を受ける」という一番のモチベーションとしては、右目の歪みの悪化の可能性と、「さらに歳をとると網膜の回復力が落ちていく」という近所の眼科医師の言葉でした。手術自体は高齢による制約はないようですが、もっと高齢になって症状が強くなったときに手術しても回復が鈍くなっている可能性を指摘されたのだと理解しました。
他には白内障がさらに進んだ、という実感もあったので、この際併せて一気に手術してしまうか!という勢いのようなものでしょうか。
ということを考えて、手術を受けることにしました。

実際の手術 - 局所麻酔で医師と会話しながら3段階

手術の流れとしては、
麻酔→白内障手術硝子体手術 (前膜の剥離) → 網膜裂孔のレーザー治療
(後処理として、ガスの注入→切開した白目の縫合)
という流れでした。最後のレーザー治療は手術前の検査では発見できなかった網膜裂孔が手術中に直接網膜を観察することでいくつも発見されたことによるものです。
これらの間、局所麻酔だけなので意識はありますし、医師から「痛い?」と聞かれたり「もう少し左向いて」と言った指示を受けることもありました。
イメージとして怖い手術ではありますが、実際に始まってしまえばまさにまな板の上の鯉。緊張してムズムズしてきたらどうしよう?などと心配していたのですが、2回とも落ち着いた状態を保てたと思います。

まずは白内障手術 - 水晶体を吸い出すパイプ?が見える

「はい、白内障のレンズはちゃんと入りましたよ」と声をかけられるまで 10分ほどの短時間で終了しました。麻酔は点眼薬のみ。その後術中は眼球を露出した状態でずっと水流を流されており、プールの水面下から空をのぞいたようなモヤモヤっとした感じなので、細かい器具などが顔の上を行き交いしますがよくは見えません。
ただし、水晶体を吸い出す様子は影で確認することができます。横からパイプのようなものが視界に入ってきて、前後左右に動きながら水晶体を超音波で砕きながら吸い出している、という書き物の解説通りだなぁ、と思いながら見ていました。

硝子体手術 - 麻酔の注射針が...

いよいよ目の玉に器具を突っ込まれる手術が始まります。
事前にネットで確認した手順では、膜を剥ぐ前に目玉の真ん中の硝子体を取り除いて液体を代わりに入れて眼球の形を保ちます。

しかし、実際の手順ではその前のステップがありました。麻酔です。角膜/水晶体の手術とは違って目玉の「裏」に麻酔の注射をするようです。なぜか一瞬針の先が曲がっている注射器が視界に入りました...
「あれで目の裏に注射するのか...」
目玉が強く押される感じ...
身体が固まっているのが分かりますが、できるだけ力を抜こうという努力をしているうちに注射は終わったようです。

硝子体手術 - 前膜の剥離 - 剥いだ膜が見える!

事前の確認では、白目部分に3箇所穴をあけ、ライト、液体を環流させるパイプ、ピンセットの三つを眼球に入れるようです(上の日本眼科医会の図を参照)。
なんとなく白目に穴をあけた後(穴が広がらないように?)パッチのようなものを入れているような感触があり、いよいよゼリー状の硝子体を吸い出して液体を入れる作業が始まりました。3本の棒はよくわからないですが、水晶体吸い出しと同じようにパイプの先から液体が流れ出すのが影として見えます。

眼球が液体で満ちた後はいよいよ目的の「前膜」を剥がす作業。
手術前に看護師さんから、「手術を受けた人の話で、手術中に剥がした膜が見えるらしいですよ」と聞いていました。その時は全く意味が分からなかったのですが、すぐにその様子を理解できました。
黄斑上部の膜を剥ぐ瞬間は見えませんが、ピンセットが黄斑から剥がされた膜をひらひらと摘んで移動していくのは何回も見えました。イメージとしては、日焼けした腕の薄皮を剥いでいく感じ....

網膜裂孔がたくさん! - レーザー治療

ひと段落して網膜の様子を確認している医師の声が聞こえます。
「あーここ裂孔かな?」「あ、こっちにも、あっちにもあるね。」 どうやら助手をしている医師に裂孔を示して教えているようです。
普通の網膜の検査では瞳から覗いて確認するのですから見える範囲が限定されるのはよく分かります。後から医師に「実際に手術すると周辺部の裂孔も確認できる」と説明を受けたのですが、確かに手術中に眼球内の周辺部の網膜を確認しようと、医師の声がする位置が顔の下に行ったり頭の方に行ったり動いていたような気はしていました。 最初に手術をした右目は話を聞いている限り 5箇所以上あったようで、それぞれに対してレーザーでバシッバシッという感じで治療が進みます(音がしていたかはよく分かりませんが)。
左目の時は裂孔の数は少なかったようですが、何箇所かはバシッバシッとやっていました。

ガスの注入

最後に網膜を押さえるためのガスを充填して白目に開けた穴を糸で縫合しておしまいです。医師から「後は縫っておしまいですからね」などと声をかけてもらって少しホッとした覚えがあります。
その際に右目の時は「SF なんとかで行きましょう」、左目の時は「エアにしましょう」と言っているのが聞こえました。

ということで、この緊張感の高い手術を右目の経過を確認した3ヶ月後、左目も無事終えることができました。